星朱音さんの日記

案外、酒酔い日記と言える。

無駄口であるかは置いといて。

2022/1/4 午前4時19分

 

気が向いたので。

 

 

私は今自分の生死について頭を悩まされていて、いや、そこまで大袈裟に生きてはいないのかもしれないけれど、逆に言えば自分の”生き死に”にしか関心が持てず、とても視野が狭い状態にあります。非道いことに、他の人も自分と変わらぬ生き物であることを簡単に忘れます。

 

これまでの人生では、人の優しさや与えられた厚意を搾取してばかりいたのだと自己嫌悪に陥りそうになりながら、そこで自己嫌悪のみに思考を留めることは過ちであると自らを戒めながら、胸の内を解くようにして文章を書いています。

 

きっとこれも自己中心的かつ至極短絡的なカタルシスの浄化方法であり、汚らわしいエゴイズムの表れなのでしょう。

 

しかし、恥ずかしいけれど、これも私の生き方だと認めざるを得ません。なので書きます。

昨年の下半期は活字が頭に入ってこない精神状態であったため、拙く短い文章であれ、何かを書き残せることに小さな喜びも感じています。

 

日常生活の中で比較的気の狂っているときの私は、特に刹那主義的な思考回路のみを持つ場合の私は、自分や周囲を破壊することにしか注意を注げません。

 

そして何かや誰かと比べて”自分は普通だ”、”自分は異常だ”と考えることがありますが、にも関わらず私は、私自身のことを特筆すべき存在であるとも思いません。

 

それでも自分の生涯の中心は自分であることに変わりはないため、些細なことに感情を揺さぶられ、「死にたい・消えたい・終わらせたい」気分になってしまいます。

 

内省的であろうとすればどこまでも卑屈な愚痴を展開することもできるけれど、それが意味を成さないことが多いので、なるべく正直に居たいところです。

 

ヘタクソな文章を読み返すとまた目眩が起こりそうです。

今日はここまでで休憩しますが、心の朽ちていた箇所が若干の回復を見せたことを記録しておきます。

 

私はひとに優しくなりたい。醜い自分を変えたい。

そのために、今日は「私はサイテイだ」で終わらせなかったことをひとまず評価してあげたいです。(ホント、どこまでも自分に甘いよネ。)